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design papaカーツの暮らしのいろは |

パーヴォ・ティネルのゴールデンベル(15)

リメイクと言うと、今ではおなじみの言葉になったが、実は結構昔からあるようだ。


それでも所詮は、元のデザイン以下でしかないものがほとんどではないだろうか。


しかし、このパーヴォ・ティネルのゴールデンベルは違う。明らかにアルヴァ・アアルトが創ったそのデザインを凌駕しているのだ。





これが発表されたのは1930年代後半(詳しくはわかってはいないが、おそらくアアルトが発表してからそう遠くない年)


当時、フィンランドでは照明デザインの世界では第一人者となっていたパーヴォ・ティネル。


その彼が、自らが率いる職人集団であるtaito社で、このゴールデンベルを制作したのだ。


しかし、その直後、アアルト側から何らかのクレームが入り、発売を見送られることになる。



憶測でしかないが、アルヴァ・アアルトがこのデザインに嫉妬したのではないか、と僕は思っている。


それほど、このゴールデンベルが美しかったとも言えるのだが、当時は著作権などが曖昧だったことから、こういった問題に発展した可能性もある。



どちらにせよ、このゴールデンベルは、それ以降、表舞台に立つ事は無く、幻の照明となってしまったのだ。



ちなみに、こいつの存在を僕が知ったのは、北欧家具taloの山口太郎氏からの紹介だった。



パーヴォ・ティネルの存在は知っていた僕だったが、パーヴォの照明は高嶺の花。普通に手に入れられる金額でもなければ、そう簡単に市場に出回る物でもない。



それが幻のゴールデンベルとなれば尚更だ。



それだけに興奮気味に話す山口太郎氏に対し、僕は完全にリアリティーが欠如していた。



しかし、日を追ってそれが現実味を帯びてくる。これはとんでもない照明ではないか!そう思うようになったら、いても立ってもいられなくなった。



後日、金額もそれなりの物だったのだが、僕は躊躇することなく、これを手に入れることにした。



以前にも書いたが、物には名目と実質という二つの価値(値段)がある。このパーヴォの作ったゴールデンベルは、確実に名目を上回る実質価値があると判断したからだ。



そして、それを早速家に飾ってみた。その瞬間、僕は自分の判断が間違っていなかったと確信した。それほどこのゴールデンベルが放つオーラが素晴らしかったのだ。



DSC05164.jpg




一つ一つ丁寧に手作業で開けられた、パーヴォ独特の小さな穴から発せられる光の芸術。


もはや、デザインを超えた何を感じざるを得なかった。


きっと当時、アアルトはこれを目の当たりにしたのだろうと思うと、その気持ちを察する事ができる。


ヴィンテージの家具とは、そういった歴史や当時のデザイナーの想いすらも感じる事が出来るというのも、面白い所かもしれない。






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Category : 照明
Posted by デザインパパ カーツ on  | 2 comments  0 trackback

HAYのGym Hook (14)

僕は丸が大好きだ。


家の中には様々な物があるけれど、そのほとんどに曲線がある。


正直、コルビジェのLC2のような、直線的なデザインはあまり好まないのだ(持ってはいるのだけど)


そして、このHAYのGym Hookも曲線。というか、なんの変哲も無いただの丸だ。


DSC04190.jpg



それなのに、大きなものと小さなものを組み合わせただけで、なぜか可愛い。


もちろん、配色や配置の問題もあるかもしれない。


しかし、根本的に人間は曲線に対して、親近感が沸くようにできているとも思うのだ。


例えば、自然界には直線はなく、(短い距離では存在する)全ての生物は曲線で構成されている。


当然、人間も曲線の集合体であるのは言うまでもない。


ならば、なぜ人間の創る造形物には直線が多いのだろうか?


個人的推測に過ぎないが、単純に効率化なのではないかと思う(もちろん、そうではないものもあると思うが)


そんな効率化された人間社会が、どうも僕には、落ち着かない。



だったら森の中に住め!と言われれば、それはそれで無理かもしれないが、例え効率化の中でも、どこかで温かみや柔らかさを求めているのだと思う。






ちなみに、我が家ではそんな丸に、傘を引っ掛けている。


DSC04192.jpg





フックの丸とまっすぐ伸びる傘の造形がすごく良い。



表参道に期間限定でショップを出していたhaltaさんで偶然出会ったHAYのGym Hook。



これから、少しずつ増やしていっても面白いかもしれない。









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Category : 小物
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ショーペン・ハウエルの本(13)

言葉とはとても難しい。

思ったことがあっても、なかなかそれを言葉に変換できないものだ。

僕も若かりし頃はそんな悩みを持つ一人だった。そんなとき出会ったのが、このショーペン・ハウエルの本だった。





始めは何気なく捲っていたこの本。しかし、読み進めて行くうちに、今まで、言いたくても言えなかった表現が、次々と、明確に記されていて、あっという間に読み終えてしまった。


特に、生きる事の苦痛、苦悩との対峙、それは誰しもが少なからず感じているものだし、愛と生は切っても切れない関係にある。


それに対する答えがこの本の中に詰まっていて、読み終えると妙に心がすっきりする。


そして何より、これからの人生においていかに有意義に生きるべきかがわかってくる気がするのだ。


それからというもの、自分の中で煮詰まったことがあると、僕は必ずこの本を開く。


ある意味、僕にとって、この本は人生の教科書であり、生きるために必要な道具でもあるのだ。








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Category : 書籍
Posted by デザインパパ カーツ on  | 0 comments  0 trackback

岡本太郎 紐の椅子(12)

一番好きな芸術家は誰か? と聞かれれば、僕は迷わず岡本太郎と答えるだろう。

色音痴とまで揶揄された彼だが、その絵や造形物からは、人間の奥底に眠る根源的な活力を感じるのだ。

それはまさに僕が追い求めている一つの哲学だった。


DSC05089 のコピー


この椅子はそんな岡本太郎が創った「紐の椅子」と題された作品だ。


この作品を初めて見たのは岡本太郎記念館だった。そこで当時から椅子の世界にどっぷりハマっていた僕は、この椅子に釘付けとなった。


その後、この椅子が復刻されていることを知ったのだが、残念ながら縁がなく手に入れることは出来なかった。


それから数年が経ち、やはりこの椅子が頭から離れなかった僕は、復刻元に連絡を入れる事にした。


そこで二つの事実を知る事になる。


一つ目は復刻販売が終わったという事。二つ目は、岡本太郎の家具展で展示されていた椅子が倉庫に眠っているとの事だった。


僕は早速、その倉庫に眠っているという彼の椅子を譲ってもらえないかと交渉を試みた。


その結果、なんと運良く譲ってもらえることになったのだ。


しかもその椅子は、復刻された椅子の原型モデルで、生産台数も少なく、所有しているのは岡本太郎財団のみとのことだった。


所謂、個人での所有は僕だけということになる。



もちろん、岡本太郎本人が作ったものではないが、それでも忠実に全て手作業で作られたプロトタイプで、大量生産の復刻版とはまるでディティールが違う(そのときに復刻版の展示品も同時購入した)



椅子好き、岡本太郎好きとしては、これ以上無い椅子に巡り会えたというわけだ。


デザイン的には著名な海外デザイナーに劣るのかもしれない。また、座り心地も決して良いとは言えない。


それでもその椅子から醸し出される活力は、まるでそこに岡本太郎の魂が乗り移ったかのように力強く漲っている。


生命が宿った椅子と言えば大げさかもしれないが、間違いなく他の椅子には無い岡本太郎エネルギーが宿していると僕は感じるのだ。


そういったエネルギーを放つ物が僕の身近にあることは、とても幸運なことかもしれない。







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Category : 家具
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Villeroy & Bochの器(11)

オシャレなレストランに行くと、僕は必ずと言っていいほど、器の裏を覗く。


この器はどこのブランドなのだろうか? どこで売っているのだろうか?と。


そんなある日、友人のレストランで見つけたのがこのVilleroy & Bochという老舗食器メーカーの器だ。


DSC04230.jpg


白のシンプルな器だが、そんな中でも素材、色、質感、形と全てにこだわりが見られる。


特に僕が気に入ってるのは、その色だ。


白は白でも、ただの白ではない。独特の深みと温かみのある白なのだ。



DSC04229.jpg



それはボーンチャイナと呼ばれる素材に骨粉が入っているせいなのか、はたまた染色なのかはわからない。


しかしながら、その白に対するこだわりが明確な意図として見えるのがVilleroy & Bochの器なのだ。


残念ながら、我が国では色に対する意識がやや低いように思える。特に白となると尚更だ。妙に白々しい白が良しとされている傾向すらあるように思える。


それは蛍光灯の文化が蔓延ってしまったせいか、またはそういった色を元々好む人種なのかはわからないが、どちらにせよ僕の感性とは少々、違うようだ。


また、Villeroy & Bochの器は強度もしっかりしている。例え、がつがつ洗ったり、子供が雑に扱ったとしても、今まで欠けた事すら一度も無い。



それは良い物を長期間、愛用したいと思っている僕にとってはとても嬉しいことだ。



おかげで今では我が家の白い器のほとんどがこのVilleroy & Bochのものになってしまった。



「素材は絵の具で、器はキャンパスだ」といった言葉がある。



そのキャンバスが良いものだからこそ、絵がより映えるのではないだろうか、そう思う僕にとって、今ではVilleroy & Bochの器は料理に欠かせない大事なキャンパスとなっている。







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Category :
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R&Cイームズのラ・シェーズ(10)


15年前、ある建築家の方の事務所で何気なく観ていた一冊の雑誌に、今まで観た事のない美しい造形の椅子が載っていた。


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それがこのラ・シェーズだ。


正直、「こんな美しい椅子がこの世に存在したのか!」と思うほど、そのときの衝撃は計り知れないものがあった。


しかし、当時独立して間もなく、まともに給料すら取れなかった僕にとっては、到底手の届かない金額であり、高嶺の花だった。


そんなとき、その建築さんの放ったある言葉が、その後、僕が椅子の世界へと惹き込まれていく一言となった。


「確かにこの椅子は高額かもしれない。でもデザインの勉強をするために専門学校へ通えば、一年分の授業料はこれよりも高い。それに比べてこの椅子は、一生、君にデザインを教えてくれるよ。そう考えれば安いものじゃないか」


その言葉が発せられた瞬間、僕は目から鱗が落ちた。


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このラ・シェーズは椅子の世界では知らない人のいない超有名なイームズ夫妻のもの。



絵画の世界で喩えるのならば、ピカソやダリやゴッホのような存在だ。



そんな巨匠の作品を買え、そして毎日座れて、毎日鑑賞、観察できる。


そう考えると、決して高くはないのではないかと。



確かに名目の値段は高い。しかし物には実質の価値が存在する。1000円の物でも使う人によっては10円の価値しかないものもあれば、1000万円でも1億円の価値があるものもある。


人は何かと名目(表面上)に捉われがちだ。しかし、その本質を理解できさえすれば、ときとしてそれは、決して高い買い物ではないこともあるのだ。



そして僕はこの椅子を買うために我武者羅になって働いた。そして1年後、念願だったこのラ・シェーズを手に入れたのだ。



あれから15年という月日が経ち、多くのデザイナーズチェアを手に入れられるようになった。しかし、この椅子だけは常に僕の中で特別扱いだ。



その建築家さんがおっしゃった通り、この15年間、僕に多くのデザインを教えてくれ、また椅子の魅力に気づかせてくれたのだから。



そして、きっと今後もラ・シェーズは僕にデザインとは何なのかを教え続けてくれる事だろう。









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Category : 家具
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SX-70(9)

幼い頃、ミニカーで遊ぶのが大好きだった。その中でも、ミニカーから超合金ロボットに変身するおもちゃがお気に入りで、塗装が剥げるまで遊んだ。


そんな幼い頃の楽しかった記憶を想い起こさせてくれるのが、このSX−70だ。


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弁当箱のような形を開くと、メカメカしいカメラへと変貌を遂げる。そこから機械的な音を立てながら、即席のフィルムが送り出されてくる。


なんともノスタルジーな興奮がそこにはある。


こいつを初めて知ったのは嫁さんの趣味がきっかけだ。


実はうちの嫁さんは元写真部。女性には珍しく?写真を撮る事もカメラ自体も好きな人だった。



その嫁さんが、当時一番ハマっていたのがポラロイドだった。



僕はそんな彼女を喜ばせようと、結婚して初めての誕生日で、これをプレゼントしたのだ。


それから数年が経ち、ポラロイドのフィルムが販売停止になったとことを知った。それ以降、このカメラには夫婦共々触る機会が無くなり、ただの飾りと化してしまった。


しかし、最近になって新たなフィルムが販売されることになった。


僕は久々にこいつで写真を撮りたくなり、新たなフィルムを買った。ところが何年も放置していたSX−70は、以前のように元気に動いてはくれなかった。


きっと、僕らがしばらくの間、愛情を注いでこなかったことで、彼の機嫌を損ねてしまったのだろう。


結局、人でも物でも、最後は自分が注いだ愛情に対し、良くも悪くも素直に応えてくれるものではないのか。


僕はこれを機に、今一度そう考えさせられることになった。


もう一度、彼の機嫌を取り戻すべく、近々修理に出す予定だ。






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Category : 小物
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WUSTHOFの包丁(8)

何度訪れても飽きない街がある。訪れる度に心躍る街がある。

僕にとって、その一つが浅草、合羽橋道具街だ。

南北に伸びるその道の左右や路地には、多くのプロが通う専門店が立ち並ぶ。

その一つの路地裏店で、これを見つけた。

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WUSTHOFの包丁だ。


数多く並ぶ包丁の中で、一際、僕の目を惹いたオールステンレスの美しいフォルム。


僕はこの包丁をかれこれ8年ほど愛用している。


もちろん、手入れは欠かせない。常に研ぎ、切れ味は保っている。と同時に、小傷は増えていく。


しかし、その小傷が増える度に、それはまるで勲章のように、僕の調理の腕は上がっていっているように思えるのだ。


ある人がこんなことを言っていた。


「良い道具は人を育てる。代わりに悪い道具ではその面白味を感じる事も成長することもできない」と。


きっとこのWUSTHOFの包丁は、日々、僕を成長へと導いてくれているのではないか。


これからもずっと、この包丁と共に、料理を、そして人間的に成長できたら良いと思っている。







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Category : キッチン用具
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アルヴァ・アアルトのブックシェルフ(7)

朝、書斎の扉を開けると、僕の目に真っ先に飛び込んでくる。


しかし、そのインパクトはほとんどなく、朝の光に溶け込んでいる。


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そんな存在感の薄いブックシェルフだが、僕は、あえてこれを一番目立つ場所に取り付けた。


そのブックシェルフをデザインしたのが、僕が今、最も愛するデザイナー、アルヴァ・アアルトだ。


このフィンランドの建築家であり家具のデザイナーでもある彼の作品を一言で説明するのは難しい。


しかし、あえて言うのならば、「内助の功」とでも表現すればいいだろうか。



何気ないシンプルなデザインは、そのもの自体が主張するのではなく、


そこに飾られたものや周囲の空間を引き立てるデザインということだ。


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実際にこのブックシェルフも、組み木の板に、曲げ木を組み合わせただけのシンプルなものだ。


これを単体で見れば、それこそどうということのないデザインだろう。


しかしながら、ひとたび取り付けたそれに、僕が好きな物を飾れば、雰囲気を僕色に、それもセンス良く染めてくれる。



もちろん、デザインそのもので主張する家具も嫌いではない。しかしながら、使う人間の生活や感性、経年に合わせて、その雰囲気を様変わりさせるデザインこそ、飽きっぽい僕の性にあっている気がするのだ。





きっと何十年か後も、このアルヴァ・アアルトのブックシェルフは、さりげなくこの壁に溶け込んでいるに違いない。






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Category : 家具
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インペリアのパスタマシーン(6)

幼い頃、今は亡き祖父母の家で、中力粉をこね、無骨な形をしたうどんマシーンで麺をひくのが、楽しくて仕方がなかった。


祖父母的には面倒な作業だったに違いないが、僕がやりたがると、嫌な顔をせずそのうどんマシーンを持ち出し、手伝ってくれた。


ハンドルを回し、板状に伸ばした生地が細く、均等に切られて行くその様は、何とも言えぬ興奮があり、僕の心を踊らせた。


そして今、僕はそれを子供たちにも感じてほしいと思い、インペリアのパスタマシーンを買うことにした。



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幼いとき祖父母と一緒にやった思い出と感動を想起しながら、子供たちと一緒に、粉まみれになりながら、何時間もかけ、麺を作る。




最近では冷凍のパスタやうどんでも、電子レンジですぐに美味しくできてしまう。しかし、こうしてゼロから、長い時間を掛けて作り上げたその味に勝るものはないと僕は思うのだ。



日本人は既成の物から発展させる能力は高いと思う。その一方で、ゼロから構築する能力は低いように思える。


だからこそ、僕は子供達に、日常の中の小さな「ゼロから作る」を習慣づけさせたいと思う。


その一つがこのインペリアのパスタマシーンなのだ。




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Category : キッチン用具
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